感動と技術

技術は表だって出ないこと、
それが目立っては、はしたないこととなる。
つまり、感動が結果となる、演じないことが目的、
そのための技術というのが架け橋。
感動させるとしたら、そこに技術のあることを感じる。

そして、それを得たいと思いう。そのために基礎をやろうとする。
基礎を積み重ねといって、
それが感動に結びつくときには、技術が架け橋となっている。

感動を目的にするのもよくない。
まして、技術で演じたり、歌ったりするとなると、大きく方向性が違ってくる。

技術は、基礎か応用か、というと基礎の範疇に入るものだが、
他人の演技で技術にみえるものは、応用が多い。

そのため、先に述べたように技術をまねしてうまくなろうという勘違いがはびこる。  
真の技術は、表面ですごいと思うところではなく、内面にみえないところの感覚。

そこに手足が伴って、体が動いてファインプレーとなる。
それは、イチローの計算して打ったポテンヒットのようなもの。
そのポテンヒットを狙ってまねても仕方がない。

技術が身につくとは、やれてる自分を確認できる

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